FRIENDS OF OZSONS

想い出の世良さんの50周年コンサート Yukio Kimura(1950- )
木村 由紀夫

派手な写真で失礼します。木村由紀夫でございます。世良 譲トリオや遠山晃司トリオなどでおなじみのドラマーでございす。

ここで、ドラムスの話をしても始まりません。よそには書かれていない木村由紀夫の一面をご紹介します。

この摩訶不思議な写真を何だと思います?


赤道通過の瞬間

今年(2002)の2月には、世良さんトリオと鈴木史子がきわめて優雅な船旅のお仕事をしました。豪華客船「飛鳥」でニューカレドニアまで2週間ほどのクルージングです。

そこで、4回ばかりしかショウをやらないらしいのです。あとはブラブラ遊んで、飲んで、食っていればいいのですからたまりません。

その船中で、遠山さんと木村さんが鈴木史子にメールの手ほどきをしたのです。そのくらいの時間は、あまるほどありそうです。送信練習の相手はオージーサンズです。

毎日、太平洋上の飛鳥からメールが来ます。先生がよろしかったので、見る見る上達します。

ついに赤道通過のメールが来ました。それに添付してあったのが、上の写真です。こんな写真、鈴木史子に加工できるわけもありません。案の定「もの作りが大好きな由紀夫ちゃん」の仕業でした。


木村由紀夫    鈴木史子    遠山晃司

このおかしな木村由紀夫もオージーサンズのコーラス・メドレー、これはたくさん仕掛けがあるのですがバックをやってくれたり、世良さんのライブに応援に出かけていったときも太鼓は由紀夫ちゃんです。

2004年11月にオージーサンズが珍しく自分達主催のライブをB-flatでやりましたが、その時は大原江里子(pf)、横山涼一(bs)、そして木村由紀夫(dr)のトリオでした。


銀座BRB 2010/10/3

昨日(2010/10/3)、銀座のBRBで久し振りに由紀夫ちゃんと会いました。昔から、この人の趣味は人並みはずれています。「物集めに物作り」詳しくは由紀夫ちゃんのサイトをご覧ください。

上の写真はその一端を物語ります。当日の出演者、ギターで漫談を奏でる田辺充邦が「木村さん、あのカメラで撮ろうよ」と言って、由紀夫ちゃんが楽屋から持ってきたデジカメが傑作でした。

おっほっほっほ、何とLeica M3です。1954年に発売されたライカM3という写真機は世界中を席巻した名機でした。ご存知の方はいい歳であるか物知りなのかです。その名機を模してミニチュアといってもちゃんとMinoxフイルムで写真が撮れる優れものが売りに出されたことがありました。いち早くこの「大人のおもちゃ」を見つけた私は仕入れて飾り棚に飾ってありました。これです。


ミニライカ

由紀夫ちゃんはこのミニカメラのデジカメ・バージョンを持って来ました。新しく出来たのですね。専用の小さなストロボまであります。驚きを通り越して嬉しくて笑ってしまいました。由紀夫ちゃんと私は同じ人種なのです。


Leica M3

1958年6月、高校3年の北海道修学旅行に私のクラスメートは本物のM3を持ってきました。そのカメラを洞爺湖の温泉ホテルの部屋の窓際の窓と障子の間に置いたまま札幌に向かうバスに乗ってしてしまいました。札幌に着いてからホテルに電話して調べてもらいましたが、「ない」という返事でした。泥棒が盗みに入らなければ無いはずは無いのです。ホテルの誰かです。犯人は。このカメラは、板橋の大病院の院長だった父親のお宝カメラだったのです。信じられないような実話です。

実は私も親父のお宝カメラを持って行ったのです。それはCONTAX IIaというドイツカメラで、ドイツカメラのもう一方の旗頭Zeiss Ikon製です。1950年に製造されました。親父が1,2年後くらいに手に入れた名品です。16万払ったとか言っていました。


我が家の CONTAX IIa

写真を大きく引き伸ばした時に真価が発揮されます。ボケることなくいくらでも大きく引き伸ばせます。中・高校生の頃、自宅の雨戸を閉めて赤いランプを点け、写真の引き伸ばしをやっていたのでよく解ります。Sonnar f1.5のレンズの解像度は物凄いと思いました。国産のカメラで撮ったフィルムとは精度が違うのです。

もう1つ驚くべきは、1/1250というシャッター速度を実現していました。昔は絞りとシャッター速度を感で決めるのです。この2つのパラメーターの組み合わせで、写真の調子が決まるのです。写真機に人間の意志を伝えるのです。昔は勉強する者、研究する者が美しい写真を撮ることができるという素晴らしい時代だったのです。

その後、露出計という電子機器が出現し、それがカメラに搭載され自動露出・自動焦点のカメラが出てきました。シャッターを押せば、誰でも写真が撮れるという「バカXXXカメラ」の時代になりました。

日本のカメラは優秀で世界的になりましたが、キヤノンはライカの模倣、ニコンはコンタックスの模倣でした。オリンパス、コニカ、フジカ、ペンタックス、ミノルタ、ヤシカ、リコーなどの製品が出回りました。ゼンザブロニカというスエーデンのHasselbladの模倣もありましたね。

昔の写真機は精密工学・光学の粋を集めた芸術品でしたが、こういう高級機と較べると、今どきの庶民が使うデジカメなんて「屁のつっかえ棒」くらいのものでしょう。私もその「屁のつっかえ棒」のユーザーですがね。はっはっは。

もっと凄いのは、携帯電話で写真を撮るのが日常という人が多くなったことです。これは「屁のつっかえ棒」にもなりません。わかGは呆れます・・「電話で写真を撮る〜?!」

かくして、時代はアナログ時代からデジタル時代になってしまいました。ボケた写真でも画像処理でそこそこ改善できてしまいます。露出なんてどうでもよろし、真っ白に飛んでいなければよし。いや、アナログ時代はハードウェア自身の性能と使う者の腕が勝負だったのですが、今はソフトウェアがハードウェアの尻拭いまでしてしまうのです。

久し振りにコンタックスを引っ張り出して、シャッターの音を聞き確かめました。「シャカッ」いい音ですなぁ。手に持った重量感が何とも言えません。

あー、面白かった!だって、写真機ひとつにしても昔の人には夢とロマンがあったのです。由紀夫ちゃんのライカのお蔭でとんだカメラ談義になりました。(2010/10/4)

この話の続きは⇒カメラの絞り談義