FRIENDS OF OZSONS

Emi Oya

大矢 江美

クラシック志望からポピュラーに転向、戸谷重子氏に師事してプロデビュー。 ホテル・ラウンジやナイトクラブ等で活躍後、与田輝雄&シックス・レモンズに在籍中、沢田靖司氏に師事し、92年には初リーダー・アルバム「クラブ」をビクターから発売しました。95年には25年記念リサイタルのライブ盤「Love」があります。

「エル」は彼女のニックネーム。

2000年には飯倉片町にメンバーズ・クラブCozy-Lを開店しました。とても贅沢なジャズクラブのママとなりましたが、苦労の後、4年足らずのお店でした。

わかGはメンバーとなり、休みの日には貸切りでクラス会など開いたりして応援しましたが、時代の流れはジャズファンの年齢層が高齢化するだけ、元気のよい世代はジャズを食べなくなりました。

いいお店でした。頑張ってはくれましたが「もうお店を閉めます」ということになりました。とても残念でした。ここに行けば共通の師匠沢田の弾き語りも聴けたのです。

現在は身軽になって、青山・六本木のライブ・ハウスを中心に出演し歌っています。


Sound In Roppongi 2002,俳優座 

大矢江美も2010年は音楽生活40年となります。早いものですねぇ。6月にはその記念ディナー・パーティを京王プラザ・ホテルで開催することになっています。今日、知らせの手紙が来ました。2010/3/18


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桜の頼りも待ち遠しい今日この頃、皆様にはますます御清栄のこととお慶び申し上げます。

さて、五黄土星寅年の本年、私は音楽生活40年の節目を迎えることとなりました。25周年リサイタルのご挨拶にも書かせて頂きましたが、幼い頃から好奇心旺盛なくせに直ぐ飽きてしまう私が今日まで飽きることを知らなかったのは、音楽を聴くこと、そして歌うことでした。

ジャンルを問わず傍らに音楽があれば幸せだった私が果たしていつからジャズに魅せられたのか定かではありませんが気が付きました時にはジャズ・シンガーとして先輩達のお仲間入りをさせて頂いていました。

今日まで歌い続ける事が出来ましたのも皆様の暖かいご声援、そして心からのお叱り・・・と深く感謝申し上げます。

そして今回、初心に立ち戻りこの40年を振り返ってみたいと思い一夜の宴を催したいと存じます。

タイトルは短い間でしたが、飯倉片町に開いた店の名前です。お運びくださった方、ご存知のない方にも、あの幸せな時を今一度と私の願いを込めました。

心強いバックアップには遠山晃司さんをリーダーに森田 潔さん、田鹿雅裕さんのトリオ、ゲストには師匠沢田靖司さん、初CDにご一緒してくださいましたアルトサックスの五十嵐明要さんをお招き致しました。会場は中野育ちの私には馴染み深い京王プラザホテルです。

この機会に久しくお目に掛かれなかった皆様にも改めて感謝の気持ちをお伝えしたいと思っております。ご多忙の事とは存じ上げますが是非お運びくださいますよう心からお願い申し上げ、お待ち申しております。

弥生 吉日       

大矢江美     


先日のことです。西武池袋線の江古田駅のホームで電車を待っていると、下りホームに電車が入ってきました。駅のアナウンスが面白かったのです。

「各駅停車の大谷江美行きが参ります」

耳を疑ったのですが、どうやら「保谷駅行き」と言ったものでした。